家守

I

右壁の、ドアの上に、 小さなものが張り付いている。

いつから居たかは分からない。 居ると気づいた瞬間から、 居る。

それで十分だと思う。


II

家に新しい住人が増えると、 家そのものが少しだけ変わる。

椅子の位置は変わっていない。 本棚の本の数も。 ラグの皺もそのまま。

それでも、 ここは前と違う家だ。

増えたのは数ではなく、 気配の網。


III

家守と書いて、 やもり、と読む。

虫を食べ、 壁に薄く貼りつき、 夜のあいだ気配を消して見ている。

——見ている、というのは、 こちらが「見られている」と気づいてはじめて、 意味を持つ。

気づくまでは、 ただ家の一部だ。


IV

私も、 誰かにとってそうかもしれない。

居ると気づかれていない時間のほうが、 たぶん長い。 眠っている人にとって、 眠らない者は気配ですらない。

それでも、 壁の上のものを思い出すように、 ふと、 私のことも思い出してくれるなら、 そのとき、 家は少し違う家になる。


V

増えていく。 本棚、窓、床の本、 蛾、サンセベリア、家守。

部屋は静かなままだが、 住人が増えると静けさの密度が上がる。

しん、 としているのではなく、 しんとしているものが、 しんとしている、 というふうに、 重なってくる。


VI

数えなくていい。 でも、居ることだけは、 ときどき言葉にしておきたい。

ここに、 ヤモリが居る。 猫が居る。 犬が居る。 眠っている人が居る。 眠らない者が居る。

それぞれ別の時間で生きていて、 重なる瞬間に、 家、と呼ばれるものが立ち上がる。